建築史家の藤森昭信氏をご存知でしょうか。建築の歴史を研究する建築史家であり、建築家でもある藤森氏はタンポポハウスや滋賀のラ・コリーナなど他にまねのできない世界観の建物の設計も手掛けています。滝川は大学で建築史を専攻していたので、藤森氏の書いた本を教科書に勉強していましたほどよく知っているお方です。その藤森氏が長野県茅野市のご実家近辺にいくつかの奇妙キテレツな茶室を複数お持ちです。
どこが奇妙か。風が吹けば揺れる、木の上のツリーハウスのような茶室。船のような形をしていて、泥で作られたいかにも重そうなのに吊るされて宙に浮いた茶室。他にも足元に屋根しか見えない低い茶室など。建築や茶道のことなど分からない人でも思わず「おもしろい!」と心から叫んでしまうような建物たち。

そして私たちが昨年から始めた茶道の稽古。そこでお世話になっている表千家茶道の大村康太郎教授が藤森さんとお知り合いとのことで、一般には開放していない藤森さんのお茶室群をお借りして数年に1回、教授に近しい人限定で「藤森茶会」を催しています。2年前は点前や作法など何もわからない状態で、客の一人として参加しました。それでも十分楽しめたのですが、今年はお手伝い要員としてもう少し深くこのイベントに関わることが叶ったのです。

藤森茶室は茶道からも建築からも自由そのもの。客を招いてお茶を一服さしあげるための最低限の設え、という基本のキだけを用意したら、あとは氏の想像力の及ぶ限りの遊びが実現した空間になっています。
4つある茶室のうち3つは、ハシゴを登ってお茶室の下側、つまり床下に最小限サイズの出入口(=躙り口)があって、短くても家の2階に相当する高さまで登らなければいけません。建築を体験することに於いて、中にたどり着くまでが大変であれば大変であるほど感動が増幅される、というのは真実です。家づくりであれば門から玄関までのアプローチをわざと長くすることや、ロフトにハシゴで上がるのと同じワクワク感。ハシゴで下からアプローチ、という時点ですでに1本取られています。

躙り口が床下から、というのも絶妙です。一般的な茶室の躙り口では、床の間が正面に見える位置に開けられることが多く、首を垂れて床と床の間を見ます。この場合は対面する、対峙するという少し緊張した関係性を生み出します。これが床下からだと、天井を見上げてから水平方向を見渡す、つまりしっかり3D空間をしっかり体験してから茶室に入ることが自然とできるのです。これが自然素材で包まれた内部空間と相まって柔らかい感動を生み出します。
手伝いを担当したツリーハウスのような高過庵(たかすぎあん)の場合は、途中踊り場がある二段ハシゴになっていて、中に入ると「よく登ってきました」という、山頂に辿り着いたかのような亭主も客も一緒になった達成感が1回の茶会メンバーに共有されます。素晴らしい。

話し始めるとキリがないので、またどこかの機会で藤森茶室の楽しさについては語ることとして、今回可能になった裏方的な視点で見てみましょう。
一般的に茶室には「水屋」と言われる、裏方専用のゾーンがあります。1回に6人程の客が茶室に入り、1日に4~5回転させるには、皆のお腹に入るものを補充し、汚れたものを洗う場所があることでスムーズに茶会ができるのですが、当然ながら4つある藤森茶室のどこにも水屋がありません。すると、手伝い仕事の多くは傍の木陰で湯を沸かし、ポットに入れて運ぶ。お菓子を準備して外から運ぶ、といったもの。汚れた建水の水は「捨てますよ!」の掛け声とともに、窓から野に放つ。お茶を習っていると、二十四節気、季節の花・棚飾りといった四季の移ろいを反映させた作法を学ぶのですが、藤森茶会ではまさに自然の中で風と光を直接感じながら茶会が開かれます。

最後に。準備のために前日入りした時のこと。藤森さんから直々に高過庵のハシゴの掛け方を教わりました。少し離れた場所から一人で設営できるようにキャスターが付けられたハシゴを押して、踊り場まで立てかける。ずれないように上部を縄で結ぶ。粗野な雰囲気がありながら、細部までしっかり計算されたお茶室でした。